「みんな生きている」という実感や人肌のぬくもり

昭和30年代はおこづかいも少なかったけどファーストフード店もコンビニもなかった時代です。

迷い猫でなくても食べ盛りの少年少女はいつも「腹減った」という感覚がありました。

母親たちはわが子のところに遊びに来たり、届け物をしにきてくれた友だちが夕暮れて帰ろうとすると「少しお腹に入れていきなさい」と軽食を出したものです。

あの戦争を体験したから、育ちざかりが空腹をかかえて夜道を歩く惨めさを知っていたのでしょう。

おむすびと漬物程度の質素なものでしたが、誰もがありがたくバクつきました。

いま昭和恋々、あの日々を懐かしむ世代は友達の親もまた自分らの仮親という思いやりやぬくもりを思い出しているのではないでしょうか?

日本中が貧しかったけれど、どの家でも迷い猫1匹に寝場所を提供してやるくらいの心の余裕がありました。

「ともかくみんな生きていてよかったじゃないの。生き延びた命だから粗末にしちゃいけないよ」という戦後の優しさが巷にあふれていたような気がします。

私たちが失ったものは、この「みんな生きている」という実感や人肌のぬくもりなのではありませんか?

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