共同体型住宅に暮らす

近代的集合住宅の草創期に、共同体機能をもつアパートの建設が試みられたこともあった。

昭和初頭に同潤会が中流家庭向けに建設した「江戸川アパート」がそれだ。

江戸川アパートは、棟内に食堂、社交室、茶室、それに共同浴場があり、住民の交流が図られていた。

要は集合住宅のなかに共有スペースを広く取って、ご近所付き合いを緊密にするという発想である。

そして実際に、社交室では日舞やバレエの教室が開かれ、住民による演劇会や詩の朗読会なども催されていた。

同潤会アパートは、関東大震災後の東京の住宅復興事業のひとつとして建設がはじめられたもので、一般に低所得者のためのアパートというイメージもあるが、江戸川アパートは間取りも広く、家賃も当時としては高額な部類だった。

それだけに、住人にもハイカラ志向の公務員や教員、財閥系企業のサラリーマンなどのホワイトカラーの家庭が多く、知的水準も高かった。

ハコモノとしての居住環境も大切だが、江戸川アパートの成功は、こうした居住者の知的傾向が、大きく作用していたと思われる。

今日、日本では格差拡大とか階層化が問題視されるようになってきているが、それは専ら経済的な格差についてのことだ。

「地域社会」を営むうえで、より重要なのは住民間のハビノトゥスの共有度だったのだ。

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人がより住みやすい土地を求めて移動するのは当然のこと

「田舎暮らし」や「海外生活」は、住みにくい日本の都合から、自分だけが脱出して楽に暮らそうという行為である。

このようにいうとエゴイスティックなように思われるかもしれない。

だが当人だって、それまで暮らしてきた都会や郊外が住みやすければ、わざわざ脱出なんて考えなくてすむのだ。

だからこれは、都市政策やシニア対策の不備のせいでもある。

江戸時代にも藩財政が逼迫して年貢があまりに過酷になると、農民は先祖代々の住みなれた土地を捨てて、他領に逃げることがあった。

逃散である。

逃げられた側は、これを不徳行為として非難したが、逃げ込まれた側は、これを歓迎した。

人がより住みやすい土地を求めて移動するのは当然のことだ。

それにしても、住民がそれまでの人間関係や生活慣習を捨ててまで移住するというのは、何よりも為政者にとって恥ずべきこととされたのである。

今、それが日本で起きている。

都会からの脱出ばかりでなく、北海道夕張市のように、財政破綻・財政逼迫の地方自治体からの”脱出”もふえることが予測される。

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