日本の田舎暮らしと海外暮らしの違い

シニアの海外暮らしでのご近所との交際は、同じように海外に来ている日本人同士のつきあいに限定される傾向があり、地方への移住でも、高齢者は地域社会に完全に溶け込むことは少ない。

海外でも田舎でも、現地の人間関係に対して一定の距離をおいて「いいとこ取り」を期待する余所者として暮らしている。

それが可能なのは、実際に移住者が「余所者」であり、いずれは帰るつもりだからだ。

たとえば日本の田舎暮らしの場合、シニア世代が完全に地域社会に溶け込むのであれば、最低限、町内会や老人会といった組織には入ることになり、祭礼や冠婚葬祭の手伝いに出るのは必須条件となる。

そうした組織に属さないと、田舎では自分の葬式の時に困るのである。

田舎で死ぬつもりがなければ、そうしたつきあいは適当にすませられる。

ただし、病気になったり、心配事ができたときも、相談する相手はいない。

話くらいは聞いてくれても、誰も深く巻き込まれるのは嫌だし、そんな義理も先方にはない。

お互いに、孫子の代までつきあう気はないのだから。

ネット社会になって、田舎でも海外でも情報はタイムラグなしに手にはいるようになっている。

しかし買い物や家の修理や医療といった人間によらなければならないサービスは、地域格差が拡がっている。

シニア 結婚

海外ロングステイ

現在のところ、日本人のシニア層の海外ロングステイは、英米のコロニアリズムの縮小再生産の域を出ておらず、新しい移住文化を形成するまでには至っていない。

シニア層の海外へのロングステイは、「長期」の滞在ではあっても、完全な移住ではなく、現地で最期を迎えることまでは考えていない人が多いのだ。

海外ロングステイは定年直後から前期高齢者の年齢層までのライフスタイルで、病気がちになったり、日本の風土やそこに暮らす子供たちが恋しくなったりした場合のことや、あるいは、死ぬのは日本で、と考えているとしたら、海外移住の前に、帰国後の生活を予定に組み入れておかなければならない。

しかしそうなると、精神的にも肉体的にも弱ってから、新しい環境に順応しなければならなくなる。

海外に行っていたあいだに浦島太郎になっているので、ずっと日本にいた場合よりも厳しい生活になるのは避けられないだろう。

「田舎暮らし」も「海外ステイ」も、日本国内で都市生活を続けているより経費節減になり、従来の人間関係から解放される、というメリットがある。

しかし、その後帰ってくるのであれば、経済と住環境の不備という問題は、一時的に凍結していただけに、かえって重くのしかかってくることになる。