元気なシニアと年金

シニアが世界一元気だとされるスウェーデンでは、仕事や職場にいつまでも執着する気持ちは毛頭感じられない。

ひとびとの多くが定年後には時間をどう過ごすかを考えながら、現役時代からあれこれと試み、突然到来する空白時間によって引き起こされる定年パニックとは無関係である。

定年は女性にも公平な65歳となっており、この点は珍しくないし、さらには年金計算が男性と同条件でなされるなど、そこには男女平等の実現が見られる。

しかしながら、女性だけに認められていた寡婦(未亡人)年金はすでに廃止されて、年金額は65歳までみずから働いた分だけが計算されるので、スウェーデン女性が仕事へひときわ熱意をこめる根拠がこうしたところにも見受けられる。

定年と退職、そして年金と、どれもが連動しており、人生の設計や計画、あるいは夢の実現にとっては好都合だが、退職したあとの生活リズムはおのずから異質なものとなるうえ、個人差のほうも激しくなってしまう。

ただ共通するのは、毎日が自由な時間となることで、誰にも遠慮なく、何もしなくても構わないことを意味する。

だが、何もすることのない日々の反復、そして時計の文字盤上で進んでいく秒針だけを見つめるのがどれほど苦痛か、経験者ならずとも想像できるであろう。

シニア 結婚

シニア王国への道のり

かつて住宅は個人に所属する資産や財産だったが、生活上の単なる日用品や生活道具へと変質し、ライフステージやライフスタイルに相応しい住まいがより身近となってきた。

住宅の概念が変化すると、戸数にこだわる量の住宅政策は、住まいの状況を追求する”居住政策”へ変化する。

これで居住の質的側面に光が当たり、シニア王国の北欧では、地域や環境がまず浮き彫りにされ、自治体による街づくりの計画と設計へ波及していった。

ただし、住宅政策のもとで何よりも急がれたのは住宅の不足解消であった。スウェーデンでは、国をあげたミリオンプロジェクトが1960年代に動き始めた。

実現に社会をあげたプロジェクトであっただけに、当時は人口800万、世帯数300万だった国が、10年間に100万戸建設をなし遂げ、全住宅戸数のうち25%が新築となったのと、既存していた住宅のほうも改築が並行したことで、居住性は目覚ましく向上した。

従来はコミューンがシニア(高齢者)の住宅状況を調べ、必要ならば転居先となる住宅斡旋や改造費用を用意したが、こうした住宅問題はすっかり無用となってしまった。

ただし、大量供給に腐心しすぎ、なじみにくい画一型の設計や素材の不良など、プロジェクトが多分に粗製乱造だったとの批判は免れなかった。

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シニアと定年退職

20歳位から約45年におよんだ労働のあとに迎えるのは定年と退職だが、近年の労働や生活に関する水準の向上がいくらめざましかったとはいえ、定年と退職は人生にとっては身体をいたわりながらようやく到着した大きな節目となる。

また、生涯労働時間が大学教育に時間をとられて40年程度とやや短いホワイトカラーにしても、人生のおよそ半分を無事働き通すのはやはり容易なわざではない。

しかも、シニア王国と言われるスウェーデンでは、65歳とされる定年が来ると、仕事をあっさりと手放し、再び就職口を求めたりしないところから、中高年層にとっての再就職難はまったく問題とされていない。

一般的に60歳ぐらいで退職するホワイトカラーを含め、みんなが65歳までには遅くとも退職してしまい、再就労者さえ皆無に近いだけに、国の労働統計上も高齢者のデータがここ30年来あらわれなくなったほどである。

定年退職がこれほどに徹底したのは、労使間の協約にもとづき一斉に退職する、公的年金による経済保障がある、あるいは労働年数が長いなどの理由が並べられるが、突き詰めると自分の時間を復活させる、あるいは生活を楽しむが、最大の動機となっている。

それを実現させるのが退職や年金とされるので、定年で仕事がなくなると生活が苦しい、だから年金や仕事がほしい、ではない。

若いときから働き通しだったので、定年まで勤めた以上、残された時間はそれこそ貴重な自分のものと受け止める気持ちのほうが強い。

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