シニアの幸福感を支える「結婚」

シニア期は人生最大の有意義な時期になりうる。

なぜなら、シニアの幸福は、幸福の模索そのことの中に本当の生きがいがあるからです。シニアの生活は、生きがいや意味を追求していることで、他に優るとも劣らない質の高いものとなる。

しかし、実際のシニア生活となると、理想的生き方をするのは要因ではない。

いろいろの悪条件が押しよせて、八方ふさがり的状況となりやすく、欲求の実現もその不満の解消もどうにもならないことが多い。

しかし、シニア期に入って考え方、生き方の転換が迫られ、さまざまの欲求の整理がなされ、欲求へのとらわれ方が変わり、その結果として満足に近い境地に達することもある。

「足るを知る者は富めり」といわれる場合のような意味での本当のあきらめ(諦観)の発動で、これがシニアの知恵の一つとなる。

一方では低次元の欲求がより高次元のものに吸収転化され、他方では欲求の世界そのものが質的に深められ浄められて、それまでとは違ったものが見えてくることになる。

シニア層の真の幸福感の実現を達成させるのは、まさにこういうものであろう。

夫婦、家族、地域、国、世界というつながり、友人、師、学問、文化というつながり、さらに自然、宇宙など、際限のない広大で底の深いつながりに思いをはせる。それができるのがシニアの特権であり、そのベースとなるのが結婚なのである。

シニア 結婚

シニアの生きざまとは

シニア層の生きざまは様々であるが、元気に生きているシニアの生きざまは、青年期、壮年期のものとは違ったものがある。

それは、これまで何十年も生きてきて、今もなお生きていて、やがて遠からず去っていくという、すべてがいのちとの密なつき合いで、いのちを離れては何も考えることができないが、やがてそれとも別れることになる悲しい運命の自覚によるものだからであろう。

いのちの全容や本質を明らかにすることなどできなくても、シニアにはいのちを大事にする傾向があるが、それをただのいのち惜しみと決めつけるのはまったくの誤りで、そのいのち重視にはもっと次元の高い、もっと視野の広い態度からの産物が入っている。

いのちは、ただ生きるためだけのものではなく、それをよく生かすために与えられているものという自覚が生じ、その自覚のもとに日々を、一瞬一瞬をよく生きようとするシニアだからこそ、おのずからこのようないのちの重視が湧いてくるのであろう。

無限のつながりの自覚いのちは、親、その親、さらにその親というように無限にさかのぼる時間的連続のつながりの中の一環であるが、シニアになるとそのことがつくずく実感される。

シニア 結婚