シニアと相互依存

根本的な相互依存が人間世界の本質であるが、しばしば依存が一方的になったり、権利として求められることがあるが、それはシニアにとっては悲しいことである。

社会契約によって、一方には依存の権利が与えられ、他方には被依存の義務が与えられるとするのは、近代的な思想や法律によって成立しうるものであろうが、シニアにとっては好ましくない。

それは人間世界は根本において相互依存的な、持ちつ持たれつの関係にあるもので、けっして権利義務の問題ではないと信ずるからである。

シニアにとっての福祉は、それが老年期において一つの具体的形態をとっただけのものである。

したがってシニアだけに特別の権利が与えられるわけでなく、老若ともに本質においては相互的、双務的(双方が義務を負うこと)でなければならない、というのが老いの信条である。

たとえ体力的には他人に依存しなくてはならなくとも、その人の一生の証として他者に与えられるものがあるはずである。

自然への親和年とともに自然との親和はつよまる。

これには東洋文化、とくに日本文化の中で育ったことが大いにあずかっているかもしれないが、それだけではなく、もっと本質的なものがあるのではないかと思う。

シニアになると山川草木との親和が増すが、やがてそれとの心の対話、交流ができるようになれば、老いはまことにすばらしいものとなる。

熟年結婚

シニアと東洋文化

わが国のシニアでは、生きがいがはたらくことに結びついていることが多いが、これには東洋文化、とくに日本文化とのつながりが大きいと思う。

罪を犯した罰としてはたらかされるのだ、という西欧の思想と違って、はたらくことが天意で、はたらくことは「はた」を楽にすることであるという哲学があるので、はたらくことが生きがいの源となりやすい。

とくに、他を楽にするはたらきであるならば、老いてなお、はたらきつづけるという生き方は、最高のものといってよいであろう。

しかし、今日の生産活動がすべて天意にもとつくものであるかどうか、はたらくことがすべて、周囲を楽にするものであるかどうかについては、充分考えなければならない。

しかし、老年におけるなんらかの活動が、生きがいのもとになることは、一般的に認められることであるので、はたらくことを含めた活動の重要性はいい加減に考えてはいけないであろう。

老いの作法は、一方ではできるだけ自立して、他人に迷惑をかけないようにし、他方ではもし他人の世話になるようになったら、素直に世話を受けてよく生きるという、二つの対立した主義の上になり立っているのである。

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