アーノルド・トインビー

タイやマレーシアでは、外国人のロングステイ受け入れには熱心だが、土地所有は原則的に認めていない。

その根底には「植民地化」への恐れがあることを忘れてはならない。

われわれは彼らにとって、「お客さん」であるけれども「侵略者」でもあるのだ。

アーノルド・トインビーは、一八、一九世紀にイタリアで暮らしたイギリス人たちについて、彼らはイタリアの過去の美術は讃美したが、イタリア人と交わろうとはせず、喋国人同士だけで交際し、まとまって暮らすコロニーを形成していたと指摘している。

多くの英国人の熟年やシニア層が暮らしながら、イタリア人が英国に対して親近感を持つことは、ついになかった、という。

第一次世界大戦後は、強いドルを背景にして、パリに多くのアメリカ人がやってきたが、彼らもまた景気よく金を使う一方、フランス人との交流は少なかった。

また第二次大戦後は、敗戦国であるイタリアに、多くのアメリカ人がやってきた。

老後のリタイアとは違うが、「太陽がいっぱい」(アラン・ドロン主演の映画で有名だが、原作はバトリシア・ハイスミスの『リプリー』)の青年たちも、アメリカからやってきて、自分たちの仲間とだけつき合っていた。

金に困らないのをいいことにして、無為に過ごす彼らに向けて、現地のイタリア人が「罰当たり者め」と眩くシーンが、私には忘れられない。

熟年世代のマレーシアへの移住

マレーシア政府は、一定額以上の保証金をマレーシアの銀行に預けることを条件に、日本のシニア層や熟年層のシルバー・ロングステイを積極的に受け入れようとしている。

具体的にいうと、五十歳以上だと一五万リンギット(約五二〇万円)の保証金が必要で、二〇〇六年四月からは、これによって十年間の滞在が認められるようになった(それまでは五年の滞在許可だった)。

マレーシア以上に急速に、「ロングステイ移民」が伸びているのがタイである。

なんといっても、マレーシアに比べても安い費用で済むというのが第一の魅力だろう。

月一〇万円程度で暮らせるという。

治安も比較的、良好だ。

二〇〇六年九月には軍部によるクーデターもあったが、君臨すれども統治しない国王の権威は安定しており、その下の政府、軍部、各政党の政争劇は、庶民や外国人の日常生活を脅かすほどではないようだ。

ちなみに現在、バンコク市内には約五万人の日本人が暮らしているといわれており、日系スーパーも進出していて、日本の食材も手に入りやすいし、日系の書店、ビデオショップもあり、日本人医師、日本語が出来るスタッフを揃えた医療機関もある。

定年後のロングステイの場合、安心できる医療体制が整っていることは、ポイントが高い。

ちなみにハワイ、バンクーバー、ゴールドコーストなどの英語圏人気地には、定住している日本人医師も少なくない。